演じ続けると「本物」になれる

こんにちは、ごりらです。

今日のタイトル、『演じ続けると「本物」になれる』
最近気になっている考え方です。


木やコップ、はさみなどにはそれぞれ「酸素を作り出す、水をため込む」「飲み物を飲むときに使う」「ものを切るときに使う」など目的があるけど、人間にはそれがない。「私」には何も目的がないんですよね。
なら、「私」は何のために存在するのか。存在する理由って、自我がある人間だったら自分で決めることができると思うのです。 

ある程度大人になった人なら、「私は特別な存在ではない」「自分が思う以上に平凡な人間だ」と落ち込む時期がありますよね。ずーんと下まで落ちていったときに、そこからすこしづつ登っていこうとしますが、その時に必要なのがこの「私が存在する理由」のような気がするのです。

登っていく段階ではまだ自分は何物でもないのですが、こうありたいと思う自分を見定めて、そこへ向かってちょっとづつ努力していく。そうすると「こうありたい」が「本当になれた」になると思います。


登っている最中は、自分はまだまだと感じるかもですが、そんなことは周りは全然考えちゃいません。自分から「私はまだまだー」と言っているから周囲も「あ、この人はまだまだなんだな」と認識するのです。周りの環境を自分で作ってしまうから、いつまでも「私はまだまだ」「だってほら、みんなもまだまだだと思っている」って言い訳して変わらない。自分で甘えられる環境を作っている。

だから、最初は見栄っ張りでもナルシストでも思い込みが激しくてもいいから、「超できる自分」を演じましょう。そうするともう逃げられないし、周りもそうなのかなって思ってくれるし、うまいこと自分を追い込めます。笑
やせ我慢でいい。そこから歯を食いしばれば、自分の存在理由が作れるはずです。


今の状況から逃げないためにも、「自分はこうなる」「自分はこのために存在しているんだ」という気持ちをもって、「なりたい自分」を演じ切りたいですね。


うーん、今日はとってもまじめだな。笑
仕事から帰ったら思いっきりくだらないことしよう。

ではでは、ごりらでした。